週刊朝日「生誕70年 テレサ・テン」(2023年)

第二のふるさと
三島町の町民に

 「日本では新人ですからね。それに従い全国を飛び回っていました」
 その中で大きな出会いがあった。
 77年にテレサは「ふるさとはどこですか」という曲をリリースした。福島県三島町が全国に先駆けて74年から「ふるさと運動」をしていることを知り、キャンペーンで77年3月16、17日に三島町を訪れた。そこから町と深い付き合いが始まった。
 「三島町までかなりの時間がかかったと思います。よく来ていただきました」
 そう話すのは、三島町の編み組細工などを扱う三島町生活工芸館の五十嵐義展さんである。テレサ・テンとの絆を受け継いで次の世代に伝えている。五十嵐さんは当時のことは知らないが、町民たちがテレサ・テンへ強い思いを持っているのを感じている。

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三島町の特別町民の記念でシラカバを植樹した

 「会津宮下駅で列車を降りて、町役場で特別町民の登録と記念植樹もしていただきました」と五十嵐さん。当時、テレサ・テンのお世話などをしたログハウスどんぐりの海老名健さんも、「とてもやさしい方で日本語も話されて、コミュニケーションが取りやすかったですね。町の中を散策したり、町長の家や宮下温泉ふるさと荘で歌ったりしてくれました」
 テレサは2日間の滞在を十分に満喫した。
 「雪を見て大変喜んでましたね。3月に来たのは雪を見たいとテレサ・テンンさんが希望したからのようです」と海老名さん。
 三島町でよく使われる藁でできた雪靴を使って器用に、そして楽しそうに雪の上を歩いていたという。
 また、当時の町長の家では甘酒を飲み、あまリのおいしさにその作り方を詳しく聞いたそうだ。
 「テレサ・テンさんのゆかりの地をめぐるため、若い方から年配の方までいろいろな方がいらしています。今日は台湾からもお客さんが訪れていましたよ」(海老名さん)
 テレサはその後、東京で三島町のPRイベントが行われた際には手伝いをしたこともあった。
 「特別な人というより、町民の一人という感じですね。今もそれだけ身近に感じています」(同)
 地方をめぐる営業はこ

うした楽しいこともあったが、実は体力的にも精神的にも過酷なことでもあった。 
「こんなはずじゃなかった、つらいと私の膝で何度か泣いたこともありました」と舟木さん。そんなときに起きたのが、79年の「パスポート事件」だ。 
 中国大陸出身の両親のもと、台湾で生まれたテレサは、偽造パスポート使用の疑いをかけられた 
「結局10日間ほど勾留され、いろいろと策を練ってアメリカへ国外退去することにしたのです」(舟木さん) 
このことは台湾でも非難の声があがり、台湾に帰すとバッシングに遭い、二度と芸能活鋤はできなくなる。とにかくテレサがどうなるか心配だったのだ。こうしてテレサとポリドールとの契約は終了してしまった。 

2023年1月29日Articles,PROFILE

Posted by teresateng