漢詩、特に唐の詩が好きなんです『ダ・ヴィンチ』 1994年7月号

 

 

『ダ・ヴィンチ』 1994年7月号

特集「あの人がすすめる『10冊』」

市川準・有森裕子・金子信雄・坂本龍一・辻仁成・池澤夏樹・いしいしんじ・テレサ・テン・島田雅彦・江川達也

 

 


テレサ・テン
中国に触れる10冊

私の望みは、中国が人災のない
平和で民主的な国になることです

歴史ものや女性の
一代記が好きですね

 香港のにぎやかな通りの一角にあるカフェで、彼女は開口一番こういった。「本を読むって、すごく素敵なことですよね」
 台湾に生まれ、広くアジアで活躍するテレサ・テンさん。13歳で台湾テレビの専属歌手になったため、普通なら学校で学ぶ (日本流にいえば)国語、数学、理科、社会……という教科の多くを読書から学んできた。その読書量の多さには定評がある。そして、中国に関する本はかなり読んでいるという。
「特に、清時代を舞台に描かれた歴史ものや、歴史を背景にして、女性がその時代をどう生きてきたかという一代記が好きです。『紅楼夢』という清時代の小説は、中国ではポピュラーな小説ですが、当時の生活や文化、恋愛などのあり方が見えてきます。もし、私があの時代に生まれていたら……と思うと、あまりにも切なくて胸が張り裂けそうでした。本当に現代に生まれてよかったってしみじみ思います」
 曹雪芹(そうせつきん)の代表作『紅楼夢(こうろうむ)』。金陵に住む大貴族・賈家(かけ)の貴公子、賈宝玉(かほうぎょく)と12人の女性との悲恋物語を主軸にしながら、賈家がたどった盛衰の歴史を描いた長編小説で、数百人もの男女が登場する。18世紀初頭の貴族の生態が活写された、大河小説の趣を持つ作品だ。
「ユン・チアンの世界的なベスト・セラー、『ワイルド・スワン』も涙を流しながら読みました。これは、作者のユン・チアンが母の口から聞いた、家族の歴史をもとに書かれた作品ですが、文化大革命期の一家のたどった過去を、母娘3代にわたっての家族の数奇な運命を軸に、壮大な歴史本としてまとめています。読み進みながら、同じ女性として性差別や階級差別に複雑な思いがありましたね」

一番好きな作家は
台湾の歴史小説家〝高陽〟

 ヒストリー&サスペンスが好きだという彼女が、最も凝っているという作家を教えてくれた。
「歴史小説家として、一番好きな作家は高陽ですね。彼の作品はほとんど読んでいます。やはり清時代を舞台にしたものが多いのですが、彼の歴史描写や人物の描き方は本当に素晴らしいものがあります。読んでいて思わず引き込まれそうになるんですよ」
 高陽は、中国語圏で〝現代最高の歴史小説家〟と評されている。日本でいうと、吉川英治と司馬遼太郎を合わせたような作家だ。「彼の手に掛かると研究者が取り上げない、全く目立たない普通の人物でも、とてもすごい人に思えてくる」というように、緻密に細部まで取材し、歴史を正確に認識しつくした上で、書き始めることで定評がある。どの作品も波乱万丈な筋書きのおもしろさに加えて、人間性の気高さと醜さをえぐり、中国社会に根づいた人間の心情までも克明に描写しているグレードの高い作品だ。また、全10巻前後からなる長編ものが多く、その数は百を超える。
「高陽の作品では、『紅楼夢』の作者の曹雪芹について書かれた『曹雪芹別傳』や清時代の政府内部の人間と人間の戦いを記した『燈火樓臺(とうかろうだい)』、清朝のすべての皇帝について描かれた『清朝的皇帝』などが、特に読みごたえがあります」
 残念ながら、これらの作品は、まだ日本では翻訳されていない。高陽の作品で唯一、日本で翻訳されているのが『西太后』だ。これも、彼女が好きだという清朝を舞台にしたもの。清朝末期の実質上の女帝の物語は、知られているところだ。
「歴史書、特に、春秋戦国時代の文献には興味があって読んでいます。日本で読むには何がいいのでしょう?」 逆に、彼女にこう質問された。歴史ものが好きという彼女の読書の幅は、小説にとどまらない。例えば、曾先之(そうせんし)の『十八史略』などが、テキストとしては最適だろう。これは、司馬遷(しばせん)の『史記』、班固(はんこ)の『前漢書』から始まって、李燾(りとう)・劉時挙(りゅうじきょ)の『宋鑑(そうがん)』までの十八史をより所にしながら、十八の歴史書のあらすじをまとめたもの。高校の漢文の教科書にも登場しているのでなじみやすく、日本語訳では『新十八史略詳解』などが解説を加えていて読みやすい。

漢詩、唐詩は美しく素晴らしい
曲をつけて歌ったこともあるの

「漢詩、特に唐の詩が好きなんです。これは読み物としてもそうですけど、どちらかというと仕事につながるんです。実は私、作詞作曲もやっているので、唐詩は作詞するときにすごく参考になっているんです。まだ発表したことはありませんが、いつか自分で作詞作曲して、自ら歌うアルバムを作りたいと思っているんですよ」
 五言絶句、七言絶句、五言律詩、七言律詩など、韻をふむ定型パターンの唐詩。唐詩家には、中国の古今を通じて最も偉大な詩人とされ、現実の社会や民衆への思いを歌った杜甫、酒を好み、情熱的でロマンチックな詩風を誇る李白、自然の美しさを歌う王維、白楽天の字(あざな)でなじみ深く、『枕草子』をはじめ日本の文学にも多大な影響を与えた白居易たちがいる。
「漢詩はほとんど読んでいますね。日本の皆さんにもその素晴らしさを理解してもらえたら……と思います」
 彼女が読んだ中の何編かは、『新唐詩選』と『新唐詩選続篇』、『漢文名作選』に収められている。これらは有名な詩人の作品を集めた本なので、一読すれば、彼女が漢詩にひかれる理由がよくわかるだろう。
 ちなみに、漢詩とは、漢代に作られ