日台柑橘有限公司蘆洲倉庫『十億個掌聲 鄧麗君傳』 p.20
『十億個掌聲 鄧麗君傳』(発行:普金傳播有限公司、2006年)です。
20ページ 蘆洲の暮らし
- 1959年11月、鄧麗君の家族は屏東から台北県蘆洲郷(現在の蘆洲市)へ移住し、蘆洲小学校に通い始めた。
- 林青霞は台北県三重市(現在の三重区)の眷村で育ち、林鳳嬌は蘆洲地区の名家出身である。
- テレサ・テンは両親の「外省文化」と台湾の「閩南文化」の両方の影響を受けて育ち、流暢な台湾語を話し、台湾各地の小吃(軽食)に詳しかったとされている。
- 幼少期に家族がカトリックを信仰したのは、当時教会が信者に配給していた白米や小麦粉などの物資を得るためだった。
- 彼女の生家は、かつて日本統治時代の倉庫を改築した狭い宿舎で、生活環境は非常に劣悪だった。
日台柑橘有限公司蘆洲倉庫
文中の「日台柑橘有限公司蘆洲倉庫」は、テレサ・テンについて語られる際に、あまり言及されない名称です。
「臺北縣蘆洲市中正路77巷」が、かつて「日台柑橘有限公司蘆洲倉庫」のあった場所で、倉庫として使われていたレンガ造りの建物に、鄧一家は住んでいたことになります。


僑大先修班的學生
p.20の写真には「一九六四年在天主唱與僑大先修班的學生在蘆洲天主堂練習」(=1964年、蘆洲カトリック教会でカトリック合唱団と僑大予備課程の学生たちが練習する様子)というキャプションが添えられています。
華僑大学予科の学生と子どものころに歌の練習をしたという記述は、この写真を添えられてブログとして存在していますが、この写真が教会前で撮影され、また、学生がカトリックの歌手だったという記述はありません。




なお、テレサ・テンの家族が蘆州カトリック教会に行っていたという記録はあちこちにあります。
p.20には「教會通常會定期發放白米、麵粉給民眾」(=教会は定期的に米や小麦粉を住民に配布していた)という記述がありますが、ブログ中にも「今日、母がカトリック教会に小麦粉を買いに行ったので、餃子を作ってくれました。」という記述があって一致しています。
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